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第8章各疾患の栄養管理

8-2:周術期の栄養管理②─ERASプロトコル:実践に役立つ基礎と臨床の最新知見

■1 “ERAS”プロトコルとは何か
 Enhanced recovery after surgery:ERAS(イーラス)という用語はすでに外来語としてそのまま定着した感があるが、強いて和訳すれば“術後回復力の強化”となろう。

A. ERASプロトコルの基本コンセプト
 ERASプロトコルの基本コンセプトとは、手術後の回復促進に役立つ各種のケアをエビデンスに基づき統合的に導入することによって、安全性と回復促進効果を強化した“集学的リハビリテーションプログラム(multimodal rehabilitation program)”を確立し、侵襲の大きい手術(major surgery)後においても迅速な回復を達成することである。本邦では、ERASプロトコルを単にERASと呼ぶことも多い。

B. ERASプロトコルの目的
 患者個人レベルでの目的は、①手術侵襲(反応)の軽減、②手術合併症の予防(=安全性の向上)、③術後の回復促進、の三要素を達成し、その結果として在院日数の最小化と早期の社会復帰を実現することである。一方、社会レベルでは、患者の安全を損なうことなく医療費の削減を達成することに、その主たる目的がある。

C. ERASプロトコルの起源とその後の発展
 ERASの起源は、2001年に欧州静脈経腸栄養学会(the European Society for Clinical Nutrition and Metabolism:以下ESPEN)において組織されたERAS groupに端を発する。ERAS groupはデンマーク、オランダ、ノルウェー、スコットランド、スウェーデンの5カ国の施設代表者によって構成され、2004年に大腸切除術を対象にしたERASプロトコルをESPENハイライトニュースとして紹介し、翌年には同学会の機関誌においてコンセンサスレビューとして発表した(参考文献8-2-1)。実は、このような周術期の集学的リハビリテーションプログラムを作成する試みは1990年代後半から開始されており、“fast track program”、“fast-track surgery”、“enforced multimodal rehabilitation program”、“enhanced recovery program”、“accelerated rehabilitation care”等の名称としてその有用性が報告されており、これらの名称はERASとほぼ同義語である(参考文献8-2-2)。しかしながら、ERASプロトコルはESPENという一大学会において誕生した用語であるが故に、そのインパクトは絶大であり、ERASプロトコルの語義が大腸切除術に留まらず他領域の手術全般を対象として上述のコンセプトを表すようになった。
■2 ERASの本質
 ERASプロトコルが登場した経緯を歴史的に考証してみると、その登場は医療の進歩において必然性があったことが明白となり、同時に、その作業により本質が浮き彫りにされる。以下、ERASプロトコルの登場に必然性をもって関与したと断定される3点の主要素を解説することにより、ERASの本質を明示する。

A. クリニカルパスチーム医療
 クリニカルパスの目的は、エビデンスに基づいた医療の標準化とその普及、および同時にチーム治療を推進することにより、質の高い医療の提供を保証することにある。医療コストの削減効果は、本来、その付随的現象である。加えて、クリニカルパスのマネジメントシステムにおいては、個々のアウトカムが多種の医療スタッフ間で絶えず評価され、更新された経験値に新たなエビデンスを取り入れることにより改善を行うプロセスが機能しているので、その帰結として治療の最適化に繋がるポテンシャルが内包されている。以上の見地に立つと、ERASプロトコルの本質は、“周術期に特化して作成されたクリニカルパスのアウトライン”に相違ないのである。しかしながら、一般的なクリニカルパスとの差別化は、特定の病院のような規模ではなく、学術団体レベルにおいて検証が行われかつ推奨されている点にある。

B. 腹腔鏡下手術の発達
① 既成概念の打破とERAS誕生のヒント
 従来、消化管吻合術後に早期経口栄養摂取を行うことは、外科医の経験則により困難かつ危険と断定され、慣習的に術後の絶飲食期間が設定されていた。この背景には、以下の2点の既成概念があった。第一に、開腹手術後3〜5日間は生理的に麻痺性イレウスの状態になるため、消化管を利用することは困難であると認識されていた。第二に、外科医にとって、消化管吻合部を創傷治癒が完成するまで極力安静にしておくべきとする考え方が主流であり、術後早期の飲食にはその機械的刺激により吻合部リーク(消化管吻合部から消化管内容物が漏れ出すこと)を誘発する危険性があると捉えられていた。このエビデンスのない既成概念を打ち砕く大きな原動力となったのは、腹腔鏡下手術の発達であった。腹腔鏡下手術が有用であるとする理論的根拠には、「腹腔鏡下手術は低侵襲である→低侵襲手術では生理機能の回復が早い→故に、腹腔鏡下手術後は身体機能のリハビリテーションを迅速に進めることができる」との三段論法が暗黙の前提として存在する。これに対して、デンマークのKehlet(参考文献8-2-3)を中心とした先進的な外科医たちは、腹腔鏡下手術が術後の回復を促進して在院日数の短縮を可能にする要因は、開腹せずに手術操作を行う手技上の特性によるものではなく、術後に適応されるリハビリテーションプログラムの相違ではないかと推察した。つまり、腹腔鏡下手術では、機能回復が早いとする前提があるので、従来の術後管理計画を前倒したリハビリテーションプログラムが導入され、その結果、回復過程が迅速化される。一方、開腹手術後では、絶飲食期間を含め、旧態依然とした慣習に基づく術後管理法が適応されるので、当然のことながら、回復が遅延することになる。
② ERAS誕生:開腹手術の挑戦と仮説の実証
 1995年、Reissmanらが、開腹結腸切除術後に早期経口栄養摂取を導入することにより腹腔鏡下手術に対する最初の挑戦を果たして報告を行った(参考文献8-2-4)。具体的には、開腹結腸切除後の第1病日からclear liquid dietを開始し、嘔吐や腹部膨満がなく順応できていれば次の24〜48時間で通常食に復帰させるプロトコルにより早期経口栄養摂取を導入したところ、大多数の患者に対して合併症を増加させることなく安全に施行することができ(平均2.6日で通常食に復帰)、術後の平均在院日数は6.2日になった。その当時、著者らが集計した腹腔鏡下結腸切除後の平均在院日数は6.8日であり、同等の成績を得られることが実証された。そして、Kehletらのグループは、開腹結腸切除の術後管理に、強化した集学的リハビリテーションプログラムを導入することにより、術後在院日数の中央値が2日にまで短縮可能なことを1999年、2000年と矢継ぎ早に報告した(参考文献8-2-5,8-2-6)。1999年の検討は開腹S状結腸切除を対象にしたものであったが、2000年の検討では米国麻酔学会術前状態分類のclass 3、4に相当する患者が全体の1/3を占めていた。すなわち、ハイリスク患者の場合でも、集学的リハビリテーションプログラムの実践によって、安全性を確保しながらその在院日数が有意に減少することが示された。次いで、2005年、Kehletらのグループは、無作為化評価者・患者盲検試験として待機的結腸切除が予定された患者を開腹切除群と腹腔鏡下切除群に分け、両群とも強化した集学的リハビリテーションプログラムを用いて同一の周術期管理を行い、機能的回復の速度とその程度を比較検討した臨床研究を発表した(参考文献8-2-7)。その結果として、両群間に有意差がなかったことが明らかにされ、術後の回復速度を規定するものは、“開腹 vs. 腹腔鏡”という手術手技の問題ではなく、“適応される術後リハビリテーションプログラムの差異”であるとした先の仮説が見事に立証されるに至った。
 上述のごとく歴史を考証してみると、ERASプロトコルの発展には、開腹結腸切除術後の回復速度を腹腔鏡下手術のそれに近似化させること、さらには凌駕させることを目標に定め、安全性と回復促進効果を強化した集学的リハビリテーションプログラムを考案して改良を重ねてきた経緯がある。故に、ERASプロトコルとは、術後回復速度の観点において、“開胸・開腹手術を鏡視下手術に近似化させる、さらには、それを凌駕させる治療戦略”とも言い換えることが可能である。

C. 術後栄養療法の効果と限界
 侵襲が加わった生体で発生する最大の消耗は体タンパク、特に筋タンパクの異化亢進であり、この消耗が侵襲から健常時への回復を遅延させる最大の要因となる。そこで、従来の栄養療法は、侵襲からの早期回復を図るための基本戦略として、タンパク異化の抑制とタンパク合成の促進に重点を置いてきた。栄養療法によるタンパク異化の抑制はprotein sparing effect(タンパク節約効果)と呼ばれる。しかしながら、その目的の実現は非常に限られたものであることが過去の多くの臨床研究により実証されている(参考文献8-2-8,8-2-9)。もとより病態生理に基づいて思索を進めれば、何故、侵襲下においてタンパク異化の抑制とタンパク合成の促進を実現することが困難であるのか、その根本的な要因を容易に理解することが可能である(参考文献8-2-8,8-2-9)。
 1999年、代謝栄養学の第一人者であるDouglas W. Wilmoreは、“Postoperative Protein Sparing”というタイトルで書かれた総説の中で、革新的な方向性を提示した(参考文献8-2-10)。その要旨としては、術後の栄養療法による蛋白節約効果は著しく限られており、短期のアウトカムにほとんど貢献し得ないことを論説したうえで、その対策として近年手術侵襲を軽減するために開発された手技・処置等を積極的に取り入れることにより術後の回復を促進させることを提言し、「栄養サポートに興味のある医師は、これらの変化に順応するべきである」と呼びかけた。すなわち、術後栄養療法の限界を見極めることにより基本戦略の転換を図ったのであった。
■3 ERASプロトコルを構成する事項とそのエビデンス
 大腸手術に対するERASプロトコルがオリジナルであるが故に、当然のことながら、大腸手術領域において最も多くのエビデンスが集積されている。そこで、大腸外科領域を取り上げることにより、ERASプロトコルを構成する各事項ならびにエビデンスを解説することにする。

A. ERASプロトコルの主要素
 図Ⅰに結腸切除後のERASプロトコル(参考文献8-2-1)において主要素となる17事項を示したが、外科医と病棟看護師の連携のみではプロトコルを実践し得ないことは一目瞭然である。時計回りに各主要素に番号を振り付けてあるが、③・④・⑥・⑦・⑧・⑩の事項は麻酔科医が主体となって管理を行う領域である。①・⑰に関しては外来看護師や地域連携室、⑪には理学療法士、⑯には栄養士との連携が必要となる。すなわち、ERASプロトコルは、“チーム医療”でなければ成立し得ない。もう一点注目するべきは、大腸手術を対象に作り上げられたERASプロトコルではあるが、各事項には汎用性があり、ほとんどの外科領域における周術期管理に応用可能なことである。本稿の主題である周術期栄養管理に直接的にかかわる事項は③・⑤・⑬・⑭・⑯であるが、要点は“経口栄養摂取”が原則となっていることである。悪心・嘔吐症状がある場合には経口栄養摂取ができないこと、腸蠕動運動の全般的な回復が通常食の摂取には必須であること、また、経鼻胃管が留置されていると経口摂取の妨げになることを勘案すれば、⑤・⑬・⑭は16に従属する事項とみなすことが可能である。したがって、以下、③・⑯の事項について説明を加える。
 近年、麻酔前の絶飲食期間が大幅に見直され、固形食は麻酔導入6時間前まで可とし、clear fluid(脂肪・ミルクなどを含まない透明な液体、例えば水)の摂取に関しては2時間前まで可となっている(糖尿病性神経症を合併している患者の場合、胃からの排泄が遅延していることがあるため、嘔吐・誤嚥の危険性が増加する可能性が指摘されている(参考文献8-2-11))。また、術前の飢餓状態を回避するために、12.5%の炭水化物含有飲料水を手術前夜に800mL、麻酔導入2時間前に400mL摂取させることが推奨されている。その効果として、患者の喉の渇き・空腹感・不安感が軽減され、さらに、代謝栄養学的には術後のインスリン抵抗性が軽減されることで高血糖のリスク軽減やタンパク代謝の改善が期待し得ることが解説されている。術後の栄養管理においても、早期経口栄養摂取が中心的な役割を担っている。術後の早期経口栄養摂取は、本質的に侵襲早期の経腸栄養(enteral nutrition:以下EN)にほかならないことから、早期経腸栄養療法と同様の有益な効果が期待されることになる。ただし、上部消化管吻合が含まれる手術に対して早期経口栄養摂取の適応を拡大するうえでは、必ず解決しておかなければならない重大な懸案が存在するため、この論題については項を改めて詳説する。
図Ⅰ

図Ⅰ●結腸切除後の、Enhanced recovery after surgery “ERAS”の主要素
(クリックで拡大します)(参考文献8-2-1をもとに作成)

B. 2009年の改訂版の変更点
 2009年、ERASグループは、大腸(結腸・直腸)外科を対象としたERASプロトコルの改訂版として、プロトコルを構成する各事項に対して推奨度を新たに付記してコンセンサスガイドラインを発表した(参考文献8-2-11)。この2009年版(参考文献8-2-11)と2005年版(参考文献8-2-1)との大きな相違点は、ERASプロトコルを構成する事項(計20事項)から退院基準が抜けて、代わりに腹腔鏡補助下手術が採用されたことである。腹腔鏡下結腸切除は、外科医ないし診療科がその技術に熟練していれば推奨でき、少なくとも開腹手術と同等であることが前向き研究のアウトカムにより確認されている(推奨度A)と解説されている。ERASプロトコルにより周術期管理を行う場合、腹腔鏡下結腸切除と開腹結腸切除、どちらが有効性の高い手術方法なのか、この課題を検討するべく、2009年に総計400症例を集めてメタ・アナリシスが行われたが、研究間で臨床上の不均質性が存在して解析できず(参考文献8-2-12)、現在のところ、確固たる結論は得られていない。しかしながら、ERASプロトコルが、歴史的に、開腹結腸切除後の回復速度を腹腔鏡下手術のそれに近似化させることを目標の1つとして発展してきた経緯があることを鑑みると、腹腔鏡下手術をERASプロトコルの要素に加えることには違和感を禁じ得ない。むしろ、手術方法の変遷として、開腹手術が腹腔鏡下手術に変わりつつあると捉えるべきであろう。

C. ERASプロトコルの効果と安全性についての検証
 ERASプロトコルの効果に関する検証として、2006年には結腸手術512症例(ERASプロトコル群:253例、従来の管理群:259例)を集めたメタ・アナリシスが(参考文献8-2-13)、そして、2009年には結腸・直腸手術1,021症例(ERASプロトコル群:526例、従来の管理群:495例)を対象としたメタ・アナリシス(参考文献8-2-14)が報告されている。近年では従来の管理法といってもERASプロトコルと共通するケアを少数含むことがあるため、ERASプロトコルの実践と認定する基準として、ERASプロトコルを構成する事項のうち少なくとも4つ以上を実施していることが採用されている(参考文献8-2-13,8-2-14)。この2009年の報告では、ERASプロトコルのうち平均8.5個の事項が実施されており、その効果として在院日数の有意な短縮(加重平均差2.35日)、合併症の有意な減少(Odds比0.56)が達成された。加えて、両群間で経鼻胃管の再挿入率・再入院率・死亡率に有意差はなく、つまり、ERASプロトコルが効果的かつ安全に実施可能であることが示された。このように、現在、大腸(結腸・直腸)手術の領域では、ERASプロトコルの安全性と有効性に関するエビデンスが確立されている。
 ERASプロトコルを初めて導入した時点の安全性と有効性に関する臨床研究も報告されており、このような研究は今後ERASプロトコルの導入を検討している施設に対して有益な情報提供になると思われる。参考になる研究として、伝統的に入院期間が長いといわれるチェコ共和国の施設からの報告がある(参考文献8-2-15)。概要を述べると、開腹腸切除に対してERASプロトコルを作成し、高齢者を除きかつ低リスク(米国麻酔科学会術前状態分類:ASA classⅠ・Ⅱ)の患者を対象として初めて実施したところ、安全性ならびに有効性(離床・歩行開始までの時期が短縮、術後の経口摂取量が増加、消化管機能回復が迅速化、合併症と術後在院日数が減少:いずれも有意水準)を達成し得たことが示されている(参考文献8-2-15)。
■4 ERASプロトコルの適応拡大:最大の懸案は術後早期経口摂取の是非
 大腸手術を対象にしたERASプロトコルにおいて、周術期の経口栄養摂取は主要素の中でもとりわけ基幹的な役割を果たすものであり、術後においても早期経口栄養摂取が実践されている。しかしながら、上部消化管吻合を伴う手術後に、この早期経口栄養摂取の適応拡大を試みるためには、いくつかの重大な懸案を解決しておかなければならない。以下、消化管手術全般(上部および下部)を対象に早期経口栄養摂取を実施する場合に発生し得る諸問題とその解決策について詳説する。

A. 術後麻痺性イレウスの問題とその解決策
 開腹手術後4〜5日間にわたり続く麻痺性イレウスに関連する問題を解決するためには、まず、術後麻痺性イレウスの病態を理解することが肝要である。Key Word[3]で述べるごとく、大腸の回復が一番遅く、絶飲食におかれた場合、排ガスまでに少なくとも2〜3日以上を要し、早期経口栄養摂取の律速段階となる。この事実を踏まえると、早期経口栄養摂取の開始に際しては、胃の排泄能が低下していても小腸に流入しやすくかつ小腸レベルでほぼ消化吸収されるもの、すなわち、リキッドダイエット(clear liquid diet、半消化態栄養剤、成分栄養剤など)を用いれば、大腸の回復状態にかかわらず、問題なく実施できることになる。一方、通常食のような残渣物を含む固形物を摂取するのであれば、大腸蠕動運動の完全な回復を待たなければならない。早期経口栄養摂取を円滑に進めるうえで、いかに大腸の蠕動運動を早期に回復させるか、これが要点となる。従来、この問題を解決するべく、理学療法と薬物療法が多数試みられてきた(参考文献8-2-2)。
 代表的な理学療法としては、現在もなお、早期離床と歩行が有効であると信じられている向きがあるが、これにはエビデンスが全くない。1990年に、Waldhausenらは、開腹術後に少なくとも約70mの棟内歩行を行っても腸蠕動運動の回復が促進されないことを電気生理学的に証明している(参考文献8-2-16)。この研究の副産物として、排ガスが認められたときの大腸は正常な筋電図パターンに復していることが報告されており、排ガスがあったら食事を開始する慣習は科学的に正解であったことが示された。実は、EN自体が術後麻痺性イレウス対策として有効な治療手段として効果を発揮する(参考文献8-2-17,8-2-18)。結腸切除を対象にした臨床研究では、早期経口栄養摂取の開始後2日以内に排ガスが得られることが報告されている(参考文献8-2-6,8-2-7,8-2-19)。胃切除後の検討では、早期経口栄養摂取により排ガスまでの期間が平均55.5時間(2.3日)と短縮し、対照群(絶飲食状態)の78.0時間に対して有意に早まったことが示されている(参考文献8-2-20)。さらに、消化器外科領域では最大級の手術侵襲が加わる胸部食道がん根治術後の自験例でも、早期経口栄養摂取開始から2日以内に全例で排ガスを認めている(参考文献8-2-21)。
 以上を総括すると、早期経口栄養摂取はリキッドダイエットを用いれば問題なく開始することができ、早期経口栄養摂取自体が麻痺性イレウスに対して有効な治療として作用し、常食摂取への移行を促進する。ERASグループでは、包括的な麻痺性イレウス対策として、胸椎硬膜外麻酔の施行、麻薬の非投与、術中・術後に過剰な輸液を行わないこと、酸化マグネシウムの経口投与(1g/日)、アルビモパン(選択的μオピオイド受容体拮抗薬;日本では未承認)の経口投与等を推奨している(参考文献8-2-1,8-2-11)。

B. 早期経口栄養摂取が消化管吻合部に及ぼす影響:安全性と効果
① 下部消化管の場合
 大腸切除後の吻合部は、当然のことながら下部消化管に存在するので、経口摂取という嚥下動作ならび摂取物自体に起因する物理的刺激が吻合部に直接的に作用することはあり得ない。したがって、大腸切除後の場合であれば、外科医にとって早期経口摂取に対する抵抗感が少なく、腹腔鏡下手術を追従するようにトライアルが開始され、上述のごとく1995年にはReissmanらにより開腹結腸切除症例を対象とした初の報告が行われている(参考文献8-2-4)。基礎的な検討としては、1999年、ラットを用いた実験において早期EN(胃瘻チューブからの投与)が絶飲食下の静脈栄養に比べて結腸吻合部の創傷治癒を有意に促進することが明らかにされた(参考文献8-2-22)。
 2001年、より一層質の高いエビデンスを求めるべく、吻合を伴う消化管待機手術後の早期EN(術後24時間以内のEN開始)に関するシステマティック・レビュー(11研究、患者総数837人)が報告されるに至った(参考文献8-2-23)。早期ENが施行された患者群では、絶飲食期間が設定された患者群と比較して、有意水準で感染症の減少(相対危険度0.72)と在院日数の減少(0.84日)が得られ、吻合部リークが減少する傾向を示していた。著者であるLewisらは、結論として、吻合を伴う消化管待機手術後に絶飲食を強いることに明確なアドバンテージがないことおよび早期ENが有用である可能性を提言した。
 次いで、2006年、ERASプロトコルの安全性と有効性を検証したシステマティック・レビューにおいても、結腸切除後の早期経口栄養摂取は安全であるとの見解が得られた(参考文献8-2-13)。さらに、2006年には、コクランデータベース・システマティック・レビューとして、先のLewisらによる2001年のレビュー(参考文献8-2-23)を発展させる形式で13の無作為化比較試験(randomized controlled trial:以下RCT)から患者総数1173人を抽出してメタ・アナリシスが行われた(参考文献8-2-24)。この2006年のコクラン・レビューは更新され、14のRCTから患者総数1,224人を抽出して再解析を行った結果が2011年1月に報告された(参考文献8-2-25)。吻合を伴う消化管待機手術後に早期ENを施行することにより、死亡リスクが増加することはなく(相対危険度0.41と有意に減少)、術後合併症(感染、吻合部リーク等)と術後在院日数は有意水準には達しなかったものの減少する傾向を示した。著者らは、2001年の報告(参考文献8-2-23)と同様に、絶飲食を患者に強いることに明確なアドバンテージはなく、このレビューの結果が早期ENの概念を支持すると結論付けた。
 以上のシステマティック・レビュー(参考文献8-2-24,8-2-25)は、実質的に下部消化管すなわち大腸手術後の早期ENを対象にした結果であり、吻合を伴う上部消化管手術の早期経口栄養摂取に対してエビデンスを決して提供するものではない事実を把握しておく必要がある。実際のところ、上部消化管吻合が行われた症例も少数含まれていたが、早期ENは経口的に摂取されたもの(oral nutritional supplements:ONS)ではなく、すべてTF(tube feeding)であり、すなわち、吻合部の遠位側まで挿入されたチューブから栄養剤が投与されており、栄養剤自体が吻合部を直接通過することがないように設定されていた。
② 上部消化管の場合
 前述のごとく、吻合部を伴う上部消化管手術後の早期経口栄養摂取に対しては、その安全性と有効性がシステマティック・レビューによるエビデンスとして確立されていない現状がある。2001年に発表された早期経口栄養摂取に関する報告でも、小腸切除後の早期経口栄養摂取は吻合部リークを誘発する危険性があるので適応外であると記述が認められ(参考文献8-2-26)、上部消化管術後の早期経口栄養摂取に対する拒絶反応が窺われた。このように、上部消化管術後の場合、早期経口栄養摂取を臨床応用する発想自体が希薄な状況にあったために、基礎的研究も手付かずのままであった。そこで、われわれの研究グループは、ラットを用いて上部消化管吻合後の早期経口栄養摂取モデルを考案し、創傷治癒に及ぼす影響を検討した(参考文献8-2-27)。
【実験①】:早期経口栄養摂取 vs. 絶飲食下のTPN管理
 図Ⅱのごとく、SDラット9週齢を用いて、右内頸静脈からカテーテルの挿入、胃瘻チューブの挿入、空腸起始部から2cmの部位で腸管切離・吻合と一連の処置を行い、EN群・TPN群の2群に分けた(各n=20)。EN群では、栄養剤(151kcal/kg体重)が胃瘻チューブより持続的に投与され、上部空腸吻合部を直接的に通過するので、本群を早期経口栄養摂取モデルとして解釈することができる。一方、TPN群では、絶飲食とし中心静脈カテーテルより栄養投与(EN群と同等)が行われるので、本群は絶飲食下の静脈栄養管理に相当する。代謝ケージ内で別個に5日間飼育し、吻合部の創傷治癒を検討した。両群間の栄養学的背景に差はなかった。
 吻合部耐圧試験(anastomotic bursting pressure:以下ABP)ではEN群がTPN群に比して43%増の有意に良好な吻合部耐圧性を示し、吻合部組織におけるコラーゲン含有量の指標となるハイドキシプロリン(hydroxyproline:以下HYP)の定量でも同様にEN群がTPN群に比して25%増の値を示した。つまり、早期ENは、栄養剤が手術直後から消化管吻合部を通過することになる条件下においても吻合部リーク等の合併症を誘発することはなく(安全性の担保)、そのような懸念とは裏腹に、吻合部の創傷治癒を有意に促進する作用を有することが明らかにされた。本研究(参考文献8-2-27)は、早期ENが消化管吻合部の創傷治癒を促進する基礎的エビデンスとして、先のコクラン・レビュー(参考文献8-2-25)に引用されている。
図Ⅱ

図Ⅱ●実験モデル:SD雄性ラット9週齢の空腸起始部切離吻合(クリックで拡大します)
参考文献8-2-27

【実験②】:吻合部の創傷治癒を促進するメカニズム、2つの仮説
 吻合部の創傷治癒を促進するメカニズムを解明するべく、以下、2点の仮説を設定した。
①第一の仮説として、EN自体が吻合部局所においてコラーゲン合成を促進し、一方で炎症反応の制御により既存コラーゲンの分解を抑制する効果を栄養学的に発揮する(trophic effect)。
②第二の仮説として、栄養学的な効果ではなく、吻合部に対する機械的刺激(mechanical loading)、すなわち、リキッド投与による腸管蠕動運動の早期回復・活性化ならびにリキッドが吻合部を流れることにより発生するシェアストレス(ずり応力)が、吻合部におけるコラーゲン合成を促進する。

 まず、EN自体の栄養学的な効果を単純明快に検証するべく、先の早期経口栄養摂取モデル(EN群)と絶飲食・静脈栄養管理群モデル(TPN群)に、新たにTPN管理下で胃瘻チューブから生理食塩水(投与速度1mL/時)を投与する早期経口補水液モデル(TPN+saline群)ならびに生理食塩水の代わりに蒸留水(投与速度1mL/時)を投与する早期飲水モデル(TPN+water群)を追加(各n=20)して実験を行った(参考文献8-2-28)。
 図Ⅲに示すごとく、TPN+saline群およびTPN+water群の両群とも、TPN群に比してABP が有意に高く、吻合部のHYP含有量に関しても同様の結果が得られた。つまり、栄養素を全く含まない生理食塩水・水を胃瘻チューブから持続投与することによっても絶飲食・静脈栄養管理と比較して上部空腸吻合部の創傷治癒が有意に促進されることが実証され、第2仮説を支持する結果となった。したがって、創傷治癒の促進には、EN自体による栄養学的効果よりも、リキッド投与による機械的刺激が大きく関与していることが明らかとなった。
 ABPに関して、統計学的に、EN群とTPN+saline群の間に有意差はなかったが、EN群とTPN+water群の間では有意差が存在した。EN群における栄養剤の投与速度は、TPN+saline群での生理食塩水与速度に対して2.6倍相当であったものの、両群間の創傷治癒は同等であったことから、吻合部を流れるリキッドの投与速度(流速)は創傷治癒に有意な影響を及ぼしていないと考えられた。同時に、吻合部に対する機械的刺激としてシェアストレスが関与している可能性が低いことを示唆した。
図Ⅲ

図Ⅲ●空腸吻合部耐圧試験(anastomotic bursting pressure:ABP)(参考文献8-2-28

【実験③】:創傷治癒を促進する機械的刺激の本態、in vitroでの検討
 吻合部の創傷治癒を促進する機械的刺激の本態にアプローチするために、in vitroでの実験を考案した(参考文献8-2-28)。腸管蠕動運動を単純化してストレッチ運動に見立て、ラットの胃から分離・培養した線維芽細胞に機械的刺激(ストレッチ)を加えたときの細胞応答について検討した。具体的には、線維芽細胞に対して伸展圧縮負荷細胞培養装置を用いて2〜3秒に1回の割合(一般的に腸腸蠕動音が聴取される頻度)で20%のストレッチ刺激を加え、コラーゲンmRNAの発現状態を評価した。その結果線維芽細胞にストレッチ刺激を開始した60分後に、コラーゲンtypeⅠおよびⅢのmRNAレベルが明確に増加しており(図Ⅳ)、ストレッチのような機械的刺激が線維芽細胞に対してde novoのtypeⅠ・Ⅲコラーゲン産生を促進すること(up-regulation)が示された。
図Ⅳ

図Ⅳ●機械的刺激(ストレッチ)に対する線維芽細胞(ラット胃由来)の応答
伸展圧縮負荷細胞培養装置を用いて線維芽細胞(ラット胃由来)に2秒に1回、20%のストレッチ刺激を加えると、60分後にコラーゲンⅠ、Ⅲ型のmRNAが有意に発現した。GAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)はコントロール。

実験の包括的考察:臨床応用への提言
 以上の結果を包括的に考察すると、適度な機械的刺激は吻合部の創傷治癒を促進し、その機械的刺激を加える手段として栄養剤・生理食塩水・蒸留水等のリキッド投与が有効であると結論付けられる。EN群とTPN+water群においてABPに有意差が存在したことから、リキッドの浸透圧および電解質組成の相違が創傷治癒の促進効果に差を生じる可能性が示唆される。上述の新規知見を臨床に応用してみると、術後の早期経口摂取は創傷治癒の観点より安全かつ有用であり、その実践に際しては栄養剤の飲用(oral nutrition supplements:ONS)が最適となるが、嗜好の問題などにより栄養剤を受け入れがたいケースでは静脈栄養を行いながら経口補水液を飲用してもONSと同等の効果を得ることが可能である。
早期経口栄養摂取の重要性と今後の展望
 図Ⅴに、早期経口栄養摂取の安全性と有効性に関する理論的背景を総括した。先に述べたように、周術期の経口栄養摂取として、術後の早期経口栄養摂取は必須要素となっている。なぜなら、手術後の退院条件として経口的な栄養摂取により自立できていることが不可欠であり、また、早期経口栄養摂取の効果として短期間で通常食の摂取に到達できれば、当然、それに応じて退院までの日数が短縮するからである。2009年にESPENから発表された外科領域の静脈栄養ガイドライン(参考文献8-2-29)の文頭において「最新の外科診療では、1〜3日以内に通常食の摂取が可能となる強化回復プログラム(enhanced recovery program)により患者を管理することが望ましい。その帰結として、従来の強制栄養療法はほとんど必要ない。そのような治療の恩恵に浴するのはごく少数の患者のみである」と言及されるまでに、周術期の栄養管理は大きな変革を遂げている。このように、栄養障害を合併していない待機手術後の場合、経口摂取による栄養補給が中心となり、静脈栄養は不要ないしは補助的な利用に留まる時代が到来している。
図Ⅴ

図Ⅴ●早期経口摂取の安全性と有用性に関する理論的背景(クリックで拡大します)
早期経口栄養摂取は術後の消化管に対してリハビリテーション効果(腸管運動回復促進効果)を発揮するので、術後麻痺性イレウスの期間が最短2日まで短縮する。加えて、消化管吻合部の創傷治癒も促進する(吻合部創傷治癒促進効果)。術後麻痺性イレウスの期間が短縮すると、その分、食事開始時期が前倒しされ、常食摂取への移行が早まる。早期経口栄養摂取に連動して輸液が早期に不要となるので、患者は輸液ラインによる拘束から解放される。このような精神的にも肉体的にも最適な条件下で、患者は身体機能のリハビリテーションを効果的に行うことができる。以上の効能により、消化管機能を含めた身体機能の回復が効率良く促進される結果、在院期間が短縮する。

C. ERASプロトコルの上部消化管手術への適応拡大
 基礎研究(参考文献8-2-27.8-2-28)の成果として、早期経口栄養は上部消化管吻合術後においても安全かつ有用であることが立証されているので、臨床応用を積極的に進める時期が到来していることは間違いのない事実である。未だシステマティック・レビューが発表されるには至っていないが、着実に臨床研究の成果が発表されている。例えば、胃切除後を対象として、早期経口栄養摂取が嘔吐や吻合部リークを増加させることはなく、安全であることが本邦から報告されている(参考文献8-2-20,8-2-30)。
 われわれは、最大級の侵襲となる胸部食道がん根治術後を対象に早期経口栄養摂取を含むERASプロトコルを導入している(参考文献8-2-21)。具体的には、第1病日朝に覚醒し気管内挿管チューブ抜管、第2病日からゼリー状経口補水液の摂取、第3病日から消化態栄養剤・経口補水液200〜600mL/日の飲用、第5病日より食事摂取(全粥食または五分粥食)を開始するスケジュールである。術前合併症のない26例に対してこのプログラムを適用した結果として、プロトコル完遂率は96%であり、吻合部リークや退院後の再入院は一例もなく、安全に実施し得た。全例、誤嚥なく経口摂取が可能であり、第4病日(経口摂取始2日後)までに排ガスが認められ、消化管のリハビリテーションが順調に進行した。全身的にも迅速な回復が得られ、プロトコル完遂例の平均在院日数は9.2日(15%は最短8日目の退院)であった(参考文献8-2-21)。今後、本課題が臨床研究の蓄積によりシステマティック・レビューとして解析されることが期待される。
■5 ERAS実践に際しての留意事項
 ERASの主要素(図Ⅰ)を見直していただきたい。ERASのエッセンスとは、“術後の早期リハビリテーション”の重要性を包括的に認識し、各種の早期リハビリテーションを安全かつ効果的に実践することを可能にするプロトコルを作り上げることである。
 完成度の高いERASプロトコルを作成できても、これのみでは不十分であり、3つの必須条件が存在する。第1に、手術の質を確保しておくことが必要不可欠である。特に、胸部食道癌根治術のように難易度が高い手術では、手術手技自体が術後経過に大きく影響を及ぼし、合併症の要因ともなる。第2に、医療スタッフ全員と患者に対する教育の徹底化、および両者間の相互理解を確立しておくことが必須である。加えて、医療スタッフの経験を“個人”と“チーム”のレベルで高めることが常に求められる(参考文献8-2-31)。経験値の上昇とともに、ロスタイムなく円滑に各身体機能のリハビリテーションを推進し、同時に、有害事象を予見し回避することが可能となる。手術の精度管理、ERASプロトコルの経験とスキルアップ、ERASプロトコルの検証と最適化が有機的に連携することにより、最大効果が得られることは言うまでもない。第3に、患者自身の満足が得られていることが大切である。退院条件の項目として、身体機能の回復状態ばかりではなく、患者自身の満足度も加えるべきであろう。
 最後に、上述の3つの必須条件を満たすことなく、安易にERASプロトコルを実施してはならないことを明記しておく。

【執筆】寺島秀夫氏
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