■はじめに
日本人の2009年の平均寿命は、女性が86.44歳、男性79.59歳と男女とも連続に延び、過去最高を記録した。65歳以上の高齢者の割合は2025年には約32%と推定されている。現在日本人60歳以上の栄養状態は、低栄養20%(低栄養予備軍が10%、認知症5%、寝たきり5%)であり、健常な栄養状態にある人は60%である。残り20%は過剰栄養か、過剰栄養予備軍となっている。すなわち5人に1人が低栄養状態である。
人間の生病老死のプロセスは健康から正常老化、または病的老化とともに、自立生活機能(ADL)が死に向かって進行的に低下していく過程である。その老化プロセスの間、種々の臓器機能低下、栄養不足が著明になってくる。したがってその予防・治療のために個々別の栄養不良状態の早期発見とそのケアが必要となる。
■1 老化とともに起こる生理的変化と栄養不良・不足
高齢者(65歳以上の年齢)の体成分構成は
図Ⅰに示したごとく、若年者と高齢者には差異がある。脂肪は約2倍に増加し、水分は約8%低下し、細胞性固形物も水分よりやや低下(約7%)する。一方
ミネラルもほんの少しの低下(1%)をみる。加齢に伴う種々の臓器機能低下も年齢とともに観察される。
図Ⅱにその加齢に伴うそれらの機能の低下残存率を示した。特に多く低下するのは最大換気量と腎血液流量である。その次に多く低下するものが、糸球体濾過率と肺活量であり、心係数がそのあとに続く。
高齢者の栄養状態は、加齢に伴ういろいろな生理、病態に影響される。リーンボディマス(lean body mass)の減少、低栄養状態、細胞・臓器機能異常と調節異常である。腎機能低下に伴う水分・電解質調節機能低下が起こり、脱水症も容易に発症する。一方浮腫も合併し、血清の
ナトリウムも低下する。糖と脂肪利用も低下し、貯蔵プールの減少、各アミノ酸利用が抑制される。手術
侵襲への過剰な生体反応も起こり、
インスリン拮抗物質が増加し、水分・電解質代謝への影響も大きい。血清アミノ酸濃度も変化を起こし、栄養療法施行時のアミノ酸の質的・量的・適合性評価も必要であり、特異性アミノ酸パターンの異常〔BCAA/AAA比(フィッシャー比)〕にみられるような変化をみる。
栄養不良・不足は高齢者がよく経験する健康上の問題であり、その過程にあるのは
食欲不振、
体重減少、さまざまな疾患とその合併症、それによる死亡率の増加である。
高齢者の栄養的視点からみた特徴(
表Ⅰ)は、特別な器質的疾患がなくても、潜在的ならびに顕在的な生理機能の低下、認識力低下、経済困難、社会からの孤立などによる栄養不良、栄養不足状態に陥る危険がある。しかも個人差が大きい。
高齢者にみられる
体重減少の原因は多い順に、原因不明(24%)、経口食事量減少(22%)、うつ病(18%)、
がん(16%)、上部消化器系潰瘍(11%)ならびに薬剤(9%)によるものである。
老化による、マクロニュートリエンツ(粗大栄養素)とマイクロニュートリエンツ(微量栄養素)への影響を
表Ⅱに示した。老化に伴うさまざまな体内の代謝ならびに生理的変化は、ほとんどすべてのステップにあり、積極的な栄養不良・不足の予防対策または栄養療法が必要となる。
● 咀嚼力の低下(歯の脱落,咀嚼筋力低下など)
● 味覚の低下
● 口腔衛生の低下(歯肉の慢性炎症)
● 嚥下能の低下
● 摂取量の低下(運動量の低下)
● 消化・吸収率の低下
● 便秘の増加
● 精神的問題(特にうつ病)
● 器質性多疾患
● 多薬
● 隔離
● 経済的問題
● 個人差が大きい |
栄養素
|
老化に伴う変化 |
原因 |
| 炭水化物 |
吸収能力低下
D-Xylose吸収は正常 |
小腸細菌過増殖または消化不良 |
| タンパク質 |
大量タンパク負荷吸収機能低下の可能性 |
原因不明 |
| 脂肪 |
大量脂肪吸収機能の低下 |
小腸細菌過増殖 |
| ビタミンA |
新しいビタミンAの肝臓へのとり込みの減少、吸収の減少 |
肝細胞ApoBⅡ
受容体の減少 |
| ビタミンD |
経口摂取と合成の減少 |
日光照射減少、皮膚、腎合成の減少 |
| ビタミンK |
ビタミンK1濃度の減少 |
ビタミンK2生成は細菌過増殖で部分的に代償 |
| 葉酸 |
吸収低下 |
萎縮性胃炎のため細菌合成によって代償 |
| 冠動脈疾患の増大リスク |
低葉酸レベルはホモシステインレベルの増加 |
| ビタミンB6 |
低下はホモシステインレベルを増加させる可能性 |
原因不明 |
| ビタミンB12 |
タンパク結合レベルの減少
低レベルはホモシステインの増加の可能性 |
胃酸低下、小腸細菌過増殖 |
| カルシウム |
摂取と吸収の減少 |
ビタミンD低レベルと低活性レベル、萎縮性胃炎 |
| 亜鉛 |
摂取の減少 |
吸収減少の可能性 |
■2 経口摂取(経口栄養)障害による栄養障害
高齢者の食と栄養摂取は次のような特徴を有する。①毎日同じような食事をする、②1日および1回の食事摂取量が少なく、欠食することもある、③今まで慣れ親しんだ食物嗜好や食習慣に、摂食が左右される、④慢性疾患・薬物服用・咀嚼・嚥下障害などにより、⑤食欲低下を来していることがしばしばある。病院、施設では喫食率が特に低いことを経験する。さらに摂食にあたっては介助や栄養指導が必要となる。高齢者の栄養不良・不足は多要因である。
■3 高齢者の栄養不足の特徴
高齢者にみられる栄養不足はタンパクエネルギー栄養不足であり、生体修復再生機能が停滞し、代謝酵素活性の低下を伴っている。身体は衰弱し病気に罹患しやすい。疾病や創傷からの回復が遅延し、抵抗力の低下による感染症も増加する。呼吸機能の低下もある。したがって死亡率が増加し、入院日数の延長を見、再入院率も増加する。これらは、QOLの低下であり、
医療費の増大となる。この栄養不足に代表される症候群には、
マラスムス症候群、
クワシオルコル症候群ならびにその混合型症候群があり、それぞれの栄養障害の特徴をもつ(
図Ⅲ)。
タンパク質・エネルギー・栄養不良の
マラスムス症候群は、慢性でゆっくりと進行し、数カ月〜数年以上におよぶことが普通である。
一方、タンパク質栄養不良すなわち
クワシオルコル症候群は、
代謝亢進ストレス状態による急性ならびに亜急性の栄養不足である。比較的低いタンパク摂取にもかかわらず、24時間の尿素窒素の排出は増加し、1日約10g以上である。これは代謝ストレス亢進状態による、タンパク質のカタボリズム異化状態である。迅速な(24時間〜34時間以内)エネルギー・タンパク質摂取を開始する必要がある。
図Ⅲ●高齢者のタンパク質・エネルギー栄養不足(PEM)プロセス(クリックで拡大します)
■4 高齢者の包括的栄養管理
栄養管理の流れは、まず栄養評価、すなわち栄養スクリーニングとアセスメントをして栄養プランを立てることである(
1-4:栄養障害のスクリーニングとアセスメント、
1-5:栄養療法の目的と効果、
1-6:栄養アセスメント参照)。それは栄養療法適応の決定のための必須条件であり、その決定後は栄養療法の栄養必要量を算定し、投与組成量と投与方法を決定しなければならない。そして栄養療法を実施し、そのモニタリングをしてさらに再評価とつなげるのである。この間栄養教育が必要となる。
医療機関また高齢者介護施設における栄養療法の導入においては、異なる分野からの、各プロ医療グループの水平連携による包括的チームケアの中で、個々の患者に最高の栄養提供を目的に行わなければならない。これは包括的
チーム医療であり、それはTQM(total quality management)すなわち包括的“質のマネジメント”である。それぞれの専門職のグループが協同して委員会を作り、チーム・タスクホースを構成し、小さい多くのサークルの中で、また定期的会議を通して、経営・医療・介護の質の向上また保障を目的に、それぞれの現場で包括的
チーム医療を行うものである。
体重変化を指標とした栄養評価は、%理想体重、%通常体重、体重変化率により行う(
1-5:栄養療法の目的と効果参照)。
■5 高齢者の栄養療法
高齢者という特性をよく理解し、栄養必要量の十足量を把握し、決定しなければならない。
A. エネルギー必要量
高齢者エネルギー必要量は基礎代謝量の6〜7割であり、生活活動代謝量の約2〜3割、食事誘導性生産量は、エネルギー消費量の約1割である。エネルギー必要量は加齢とともに低下する。基礎代謝量ならびに身体代謝量の双方の低下がみられる。
一般的にはハリス・ベネディクト(Harris-Benedict)の計算式により、男女別、年齢別、体重別、
身長別によって計算される。その基礎エネルギー消費量(BEE)に活動係数とストレス係数をかけることによって、全エネルギー消費量(TEE)がわかる(
4-2:エネルギー投与量の算出方法参照)。活動係数は、安静時は1.2(1.0〜1.2)、歩行時は1.3、軽労働は1.4とするのが普通である。ストレス係数は、体温上昇による臓器障害(1℃上昇で0.2ずつ上昇、37℃で1.2、38℃で1.4、39℃で1.6)、感染では軽度1.2、中等度1.5、重度1.8、小手術は1.1、中等度手術1.2〜1.4、大手術1.3〜1.5、多発外傷は1.4また熱傷は1.2〜2.0などがよく使用される。
B. 栄養素の必要量
健康高齢者では、良質で吸収のよいタンパク質(1〜1.19g/kg IBW/日)を処方する。また75歳までは男性は70g、女性は60g、75歳以上では男性は65g、女性では60gがタンパク質投与量の目安としてよく使用される。
脂質は
必須脂肪酸ならびに脂溶性物質の供給ならびに病態に応じた適切な量が必要である。
飽和脂肪酸は、総エネルギー摂取量の10%を超えてはならない。コレステロールは、1日300mg以下である。糖質は、
糖新生(neoglycogenesis)に、また脳に不可欠なブドウ糖供給として、最低1日100 gが必要であり、食事全体のタンパク質・
脂質・糖質・エネルギーの率は、15〜20%・20〜25%・50〜60%程度を標準におく。そのほか酵素作用・代謝調節作用・身体構成成分・大切な生理作用などに必要であるビタミン・
ミネラルの適量の摂取(
参考文献9-1-7)ならびに脱水症にかからないように、適量の水分を考慮する必要がある。
高齢者では電解質の失調に陥りやすく、許容範囲の狭小化をみる。脱水時には徐々に補正が必要であり、血中電解質、摂取水分量、尿量、尿中電解質ならびに血液・尿の浸透圧の測定が必要になることが多い。
ナトリウムは2〜3mEg/kg/日、水分量は35mL/kg/日を標準と考えるのがよい。窒素とタンパク質(アミノ酸)の関係は、窒素1gがアミノ酸6.25gに相当するため投与アミノ酸(g)は、[6.25×投与窒素量(g)]となる。投与窒素量(g)は、必要熱量(kcal)/150〜200で、ここから各種病態における成人の1日の窒素量(N)必要量(
参考文献9-1-5)を決める。
C. 栄養療法の適応基準
ベッドサイドにおける実践的な栄養療法の適用基準としては、①
窒素バランスが負の値で1間以上継続、②%標準体重においては80%以下、③
アルブミン値が3.0g/dL以下、④トランスフェリン180 mg/dL以下、⑤総リンパ球数1,200〜1,000/μL以下などであるが、この中で①の
窒素バランスが最も重要である。以上、少なくとも1つの項目に該当すれば、何らかの栄養療法の適用の可能性となるが、多くの場合複数の項目に該当し1項目のみの低下はみられない。栄養療法施行中にはこれらは改善する。低タンパク摂取状態では、24時間の尿素窒素の排泄量は1日5g窒素量以下である。
D. 栄養療法の選択
原則として栄養評価・栄養摂取量の決定・栄養プラニングの後に、投与経路の選択が必要となる。経口・経腸・静脈栄養法(中心ならびに末梢経腸栄養)の選択がある。
経口栄養法は、高齢者にみられる消化器疾患以外の種々の全身疾患を含めて、病態と精神的・心理的状態などで
食欲不振に陥り、不能となる場合が多い。しかしながら、いろいろな原因に伴う嚥下障害は大きい問題となる。経腸栄養法には、鼻腔チューブ、
胃瘻、腸瘻などの方法があり、それぞれ必要に応じて投与方法が決定される。静脈栄養法は、小腸機能が強く障害されていれば必要となる。
一般的には栄養不足の状態では前述のごとく早期に栄養治療を考慮し、適応があれば早期に実施することが必要である。腸が機能している場合は、まずは腸を利用すべきであり、経口または経腸栄養法が選択される。
■6 高齢者の食事療法
高齢者の栄養の目的は、生命を営むために必要な各栄養素を確保することであり、生理的な老化現象をできるだけ遅延させ、病的老化を予防することが大切である。その治療の最も有効な方法は、一般的には以下のような健康長寿の食事を維持することである。消化吸収のよいものを多く摂り、
食物繊維も適当に摂り、腹七〜八分目(カロリー制限:
9-2:アンチエイジング医療から見た栄養ケアと抗酸化ストレスの
Key Word[6])にし、肉の脂身(血中コレステロールやトリグリセライドを増加させ、動脈硬化の危険因子)はおさえ、薄味に慣らし、食塩はできるだけ制限し、毎日規則正しい食生活をし、生活のリズムが乱れないようにすることである。また、体重低下は栄養不足としていろいろの危険因子が増加するため、低栄養には気をつける。調理の工夫で多様な食生活を行い、食べ過ぎないように気をつける。例えば副食から摂るなどの工夫をする。食事の際にはリズムに乗せてゆっくりとよく噛む、できたら30回以上である。よく体を動かし、空腹感を助長することである。抗酸化の強い食材(緑黄色野菜や果物など)を多く摂ることが必要である。そしておいしく、楽しく食事をすることで、豊かな心を育み、健やかな高齢期を会得する生活習慣は大切である。
健康高齢者の食事療法の推奨内容は、適正カロリー(25〜30 kcal/IBW)、低脂肪〔全カロリーの20〜25%:Ⓢ[
飽和脂肪酸、パルミチン酸など]:Ⓜ[単価
不飽和脂肪酸、n-9(オレイン酸など)]:Ⓟ[多価
不飽和脂肪酸、n-6(リノール酸など)とn-3(α-リノレン酸・EPA・DHA)の比は2:1]=3:4:3〕、高タンパク(1.0〜1.2g/IBW:全カロリーの18〜20%)、ならびに多複合炭水化物(全カロリーの55〜60%)である。全粒穀物、野菜、果物、海藻、魚介類、豆類、発酵食品、乳製品、(ミルク、ヨーグルト、チーズなど)、植物油(n-3/n-6)、
食物繊維(25g/日)、減塩(7g/日)、低脂肪動物性肉類などを中心にバランスよく栄養補給を行う。もちろん有機栽培でつくられた食材は、環境汚染の点から、また栄養素の含有量が多いという点から適している。アルコールの適度な飲酒(アルコール20g/日以下)は食欲を増し、動脈リスクを低下させる可能性がある。日本酒は1合以下、ビールは300mL以下、ワインは120mL以下、強度のアルコールは45mLぐらいとする。女性は、その半分である。
高齢者は、栄養学的なリスクを有している。包括的栄養管理計画の作成が必要な患者を特定するために、パーソナルの栄養スクリーニング、栄養アセスメントを実施する。そしてケアプランを立て、それを実施、モニタリングし再評価するというサイクルで行なわれるべきである。そしてそれぞれの生活習慣のパラメーターはもちろん、高齢者特有の生理・病態的変化を考慮する必要がある。薬剤投与を受けているすべての高齢患者について、薬剤と栄養素との相互作用を評価しなければならない。高齢者の食事および栄養療法の処方は、理想体重(IBW)、身体活動度(ADL)、ストレス障害度を考慮した摂取カロリーに、この年齢層において観察される栄養素必要量の変化を考慮に入れる必要がある。
栄養療法の導入においては、異なる分野からの各プロ医療グループの水平連携に包括的チームケアの中で個々の患者に最高の医療提供を目的に行われなければならない。さらに、病院・施設管理システムとの連携を通して医療経済的評価の実施も求められる。
【執筆】川西秀徳氏