手術などの
侵襲に対する生体反応の仕組みの解明は、近年の分子生物学の進歩によって目覚ましい発展を遂げた。その陰には、今日までに積み重ねられてきた数多くの研究の成果がある。その多くは生体反応の細部を深く探求するものであった。一方ではこれらの研究成果を体系化し、生体反応の仕組みを個体のレベルで解明して、それを診療に結びつけようとする試みもなされてきた。近代医学におけるその成果の代表は Francis D. Moore による学説(
参考文献2-1-1)であろう。
彼は患者の術後経過を病像の移り変わりによって4つの相(病期)に区分し、それぞれの病期における生体反応の仕組みや特徴を、生理機能や検体検査の値を測定することによって説明した。その分析に分子生物学的手法が使われていないことから、この学説は古典と言うべきであろうが、今なお輝きを失わぬ不朽の名著である。ここでは、Moore の学説について解説する。
彼はまず術後の病期を4相に分け、それぞれの相における臨床像、
創傷治癒、内分泌、代謝と生化学などに関する特徴を理論的に解明し、これに基づいた適正な治療法についても言及した。
■1 第1相 (Injury Phase)
この相は術後の2ないし4日間で、adrenergic-corticoid phaseともいわれる。
A. 臨床像
大手術後の麻酔から覚醒した患者は傾眠状態で、周囲に無関心である。心拍はやや頻脈であるが、失血が補充されていれば数時間以内に落ち着き、翌日には正常化する。体温は1℃以上上昇する。腸管運動は12〜24時間後に減弱し、その後1〜2日間は聴取不能になる。
B. 創
術後の数日間は創の引っ張り強度が弱い。縫合不全の原因として、異常な外力、縫合糸の選択誤り、不良縫合、不良結紮があげられる。またステロイドも
創傷治癒を遅延させる。
局所では、白血球や免疫タンパクが細菌汚染と毒性を低減する。また細胞外液中のタンパク質、ムコ多糖類、
アミノ酸、
ビタミンCが集積し、後にコラーゲンが生成される。
なお、患者が飢餓や筋
タンパク異化の状態にあっても
創傷治癒機転は働く(
創傷治癒)。
C. 内分泌
① 副腎髄質
精神的ストレス、あるいは低酸素、出血、ショックなどのストレスにより交感神経−副腎系が刺激され、エピネフリン、ノルエピネフリンが分泌される。患者は頻脈になり、血管が収縮し、交感神経性の発汗が出現する。1〜2POD(術後日)はエピネフリンとノルエピネフリンの尿中排泄が増加する。
② 副腎皮質
侵襲が起こると神経・体液の求心性経路が第三脳室床、続いて下垂体前葉を刺激しACTH(adrenocorticotropic hormone、副腎皮質刺激ホルモン)を分泌させる(
神経内分泌相関)。
ⅰ)ハイドロコーチゾン
侵襲後、ACTHの刺激により副腎皮質からハイドロコーチゾンが分泌される。そのピークは麻酔後6時間から術後2〜4時間位の間で、翌朝には元に戻る。尿中総17-OHCS(17-hydroxycorticosteroid)は3〜4倍に達する。
ⅱ)好酸球
副腎皮質ステロイドの増減と好酸球の増減は逆相関する。手術室到着時に患者の好酸球は25〜30%減少する。そして麻酔導入後に400〜500/mm
3に増加する。その後2〜4PODまで著しく減少する。3〜7PODには尿中17-OHCSは減少し、好酸球が増加する。異化期から同化期への重要な過程である。6PODでの好酸球減少は合併症(敗血症、静脈炎、腎不全、無気肺)の存在を意味する。
ⅲ)アルドステロン
外傷後や低Na血症時にアルドステロンの分泌が増加する。
③ その他の内分泌の変化
性腺機能は外傷後低下する。外傷後に

O
2(酸素消費量)と

CO
2(炭酸ガス産生量)が増加することへの甲状腺ホルモンの関与はあるが、小さい(<敗血症、
がん)。膵に関しては、膵内分泌相関の変化が起こる。血糖上昇はハイドロコーチゾンや
インスリン拮抗物質の増加によるところが大きい。副甲状腺機能は外傷後変化せずCa、P値に変動はない。
D. 代謝と生化学
① 窒素
尿中窒素(N)排泄は術後増加する。術後2〜5日間の尿中N排泄量は通常手術で7〜15g/日、大
侵襲手術では20〜30g/日に及ぶ。
タンパク異化は副腎ホルモンの変化によって起こる。通常の手術によるこの相の総喪失量はN50g、タンパク312g、湿重量1,500g(水1L)程度である。その後尿中N排泄の増加と負のNバランスは急速に終息してゆき、ターニングポイントを迎える。
骨格
筋タンパクの崩壊に伴って尿中
カリウム(K)排泄が増加する。K排泄量は1日目は70〜90mEq/日に達するが、2日目は少し減少し、3〜6日には正のバランスに達する。第1相のK排泄総量は240mEqに及ぶ。血漿K値は4.8〜5.0mEq/Lに上昇する。
尿中
ナトリウム(Na)排泄は減少する。重症外傷後では100mEq/日から1mEq/日程度に著減し、これが数日から数週続く。Naの喪失は通常100mEq程度である。血漿NaはNaの移動と希釈により130〜135mEq/Lに低下する。血漿浸透圧も270mOs/L程度に低下する。この希釈はNa-free水2L投与に匹敵する。
④ エネルギー源
術後の絶食期には内因性のエネルギー基質が利用される。内因性の糖質(肝、筋グリコーゲン、細胞外液中グルコース)は300〜500gにすぎず、短時間で消費される。筋タンパクの分解によって生じた
アミノ酸から
糖新生が行われる。尿中N排泄量が20gの場合、125gのグルコースが生じる。体脂肪の動員は重症例では250〜500g/日(2,000〜4,500kcal/日)に及ぶ。術後5日間の
体重減少が3kg程度の場合、体脂肪の減少は約1.5kgである。
⑤ 水分代謝
体脂肪1kgの酸化により1,000mLの水が生じる。骨格筋1kgの分解によって730mLの水と、そのタンパク質の酸化により250mLの水が生まれる。水の喪失については、不感蒸泄は呼気中排泄、発汗ともに増加し、尿量は減少する。尿量は通常450〜1,000mL/0 POD、1〜2日で軽度の利尿に向かう。5日間の水喪失は不感蒸泄4Lと尿3.5L程度である。
細胞内液と脂肪を犠牲に細胞外液量は増加する。熱傷、挫滅、腹膜炎などでは機能的細胞外液量が減少する。
E. 臨床管理法
① 手術手技
よい手術は第1相の終了を早め、消化吸収を回復させ、患者を早期離床、早期同化に導く。正確で、無菌的、愛護的な手術が最善の代謝管理でもある。
外傷では、手術に至るまでの出血、ショック、低酸素、感染の有無が生存に影響する。
② 容量維持
失血に対し術中から逐次均等に補充する。しかし出血量が500mL以下では輸血はしない。
③ 術後管理
ⅰ)輸液
300〜500mLの飲水ができれば輸液は不要である。腎は水と細胞外液の塩を保持する。消化器手術では、発熱、呼吸困難、腎外喪失がなければ750〜1,500mLの輸液で足りる。輸液剤は5%ブドウ糖液と生理食塩液の混合でよい。ビタミンは栄養良好例では不要である。高齢者、腎・心疾患では正のNaバランスは有害である。
ⅱ)摂食
腸蠕動が聴取され、ガスが排出されたら経口食を開始する。過剰な摂食は嘔吐と誤嚥、腹部膨満と創哆開の原因になる。カロリーを投与することより腹部を平坦にしておくことの方が大切である。
ⅲ)細菌のコントロール
無菌手術が前提となるが、抗菌薬の予防投与は有害である。汚染創や解剖学的に細菌が生息する部位の手術の場合は抗菌薬を投与する。
ⅳ)その他の管理
早期離床は無気肺、創哆開、
血栓性静脈炎などの合併症の頻度を低減する。合併症のない患者の頻回の血液化学検査は不要、不経済である。
■2 第2相(Turning Point)
第2相は corticoid-withdrawal phaseと同じである。通常3〜7PODに始まり、1〜2日間続く。感染が持続している例などではその発現が遅れる。
A. 臨床像
臨床像は急展開をみせる。疼痛は軽減し、解熱する。体動、腸蠕動が活発になリ、周囲への関心もでる。
B. 創
引っ張り強度は化学的、形態学的に増強する。線維組織にコラーゲンが増量する。軟部組織の清潔創ではNバランスが正転する前に
創傷治癒が起こる(4〜8POD)。
創傷治癒には内因性基質が利用される。縫合不全はむしろ例外である。飢餓での縫合不全は
ビタミンC欠乏、感染、浮腫による。単なる摂取カロリー量の不足は縫合不全の原因にならない。
C. 内分泌
副腎髄質系症状(頻脈、蒼白、発汗)はすでに消失しており、副腎皮質ホルモンの指標がこの時期に正常化する。17-OHCSは低下し、好酸球数が回復する。尿中N排泄量の減少、Na排泄量の増加がみられる。敗血症などの合併症があると副腎皮質ホルモン優位の状態が持続する。
D. 代謝と生化学
第1相では15〜20g/日であった尿中N排泄量が5〜7g/日に急速に減少する。一方、100g/日位の内因性脂肪の酸化は持続し、エネルギー900kcal/日と水920mL/日が生成される。
第1相では内因性脂肪の酸化と
タンパク異化が一方的であったのに対し、第2相では適切なエネルギー投与でタンパク合成が始まる。栄養摂取は20kcal/kg/日、0.1gN/kg/日(NPC/N=200)で始める。その後5日間は2倍投与する。
血漿Naは増加、Kは低下、細胞内Kは増加するなど、すべてが正常化に向かう。
E. 臨床管理法
消化管が正常なら摂食ができ、食欲もでる。正のNバランスを取り戻すことが筋力を獲得するうえで不可欠である。摂食しなくても創は治癒するが、患者は元気にならない。
■3 第3相(Muscle Strength)
第3相は Turning Point の1〜2日後から2〜5週間で、正のNバランス、筋組織の再合成、筋力の回復が得られる。
A. 臨床像
退院が可能になる。食欲が回復し、便通も正常化する。
B. 創
創は赤色瘢痕化し、引っ張り強度は完成する。
C. 内分泌
ステロイド系ホルモンはこの時期には正常化している。
D. 代謝と生化学
タンパク合成は一定の速度に達し、体重70kgの患者ではNバランスは+3〜4g/日、骨格筋増加は90〜120g/日になる。これは全筋肉量の0.2〜0.5%に相当する。
E. 臨床管理法
回復期の同化を遂行するには摂取エネルギー以上の仕事をしてはいけない。アナボリックエイジェントが正常な同化状態の患者に有効であるというエビデンスはない。ただし食欲を増進させるものは有効である。
■4 第4相(Fat Gain)
第4相は脂肪による体重増加の時期で、数カ月続く。
A. 臨床像
患者の見た目は病み上がりである。Nバランスは±0、炭素(C)やエネルギーのバランスは正である。
B. 創
創は白色瘢痕になる。
C. 内分泌
内分泌バランスに変化はなく、月経が回復する。
D. 代謝と生化学
脂肪の回復が起こる。その量は75〜150g/日で、脂肪喪失量が5kgの場合は回復に1カ月以上を要する。
E. 臨床管理法
理想体重に戻るまでは正のエネルギーバランスを要する。
肥満を避けるにはエクササイズが必要である。
【執筆】長谷部正晴氏