ニュートリーの製品に込められた経営者の想い

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「胃ろうは是か非か」なんてナンセンス

例えば「コンタクトレンズを使っていて目が傷ついたので眼鏡にした。」とする。これはコンタクトレンズという医療技術に問題があるのではなく使い方に問題があっての結果だ。従ってコンタクトレンズの是非を問うものではない。胃ろうについても同様である。とは著名な消化器外科医の談で、私も全くの同感である。

最近「胃ろう」についての論議がマスコミでも大きく取り上げられることが多くなった。そのこと自体、今まであまり注目されてこなかっただけに喜ばしいことだと思う。その反面、この業界に長くいる者にとってその報道に違和感を覚えることがあまりにも多い。

チューブ栄養には、鼻から胃へ管を通す「経鼻」と、お臍(へそ)の上あたりから直接胃に管を通す「胃ろう」があるが、多くの報道ではほとんど「経鼻」に触れていない。本邦においてチューブ栄養を受けている人の70%が「経鼻」である。この「経鼻」がもつ様々な問題点が「胃ろう」で解決される。私がもしチューブ栄養を受けるなら間違いなく「胃ろう」を選ぶ。

数十年前のアメリカにおける胃ろうの臨床成績について「認知症患者に経管栄養法を導入する目的は、誤嚥性肺炎を予防し、栄養状態を改善し、生存期間を延長し、褥瘡、感染症を予防し、患者の苦痛を軽減することであるが、そのいずれについても効果が認められなかった」と報告している。このことが今もって日本においてもそうであるかのように記述されることが多い。これは大きな間違いである。本邦における胃ろうの臨床成績は数段改善されている。さらに世界に先駆けて半固形栄養剤短時間注入法が考案され、まさしく安全かつ安心な栄養法となった。昔のアメリカのデータを信じれば、「胃ろうは非」となろう。しかしそれは先述のコンタクトレンズの例と同じで、医療技術の適切な使用によらない結果、生まれることである。

「胃ろう」についての誤解はまだまだたくさんある。胃ろうで栄養を摂る認知症患者さんのことを「エイリアン」と呼んだ、尊敬から程遠い政治家もいて、問題の本質を逸失させている。

問題を整理してみよう。
認知症等で脳の高次機能が低下してくると嚥下の機能が低下してくる。通常の食事で飲み下しがうまくいかず、肺のほうに食物が入ってしまいむせ返るようになる。それを何度か繰り返すうちに「むせ」すら起きなくなってくることもある。やがて肺炎を起こし、発熱し、治療されてもまた再発することを繰り返すようになる。そこで安全に栄養を摂るための方法が医師から提示される。この時点の患者さんの意識状態はさまざまだが、自分の家族のことを十分認識できる状態の人も大勢いる。さあどうするか?

いわゆる口を使わない栄養補給法には静脈からのものと消化管を通り腸に送られるものの2種類ある。代表的なものを挙げる。

経静脈栄養法
1. 完全静脈栄養法(TPN) ~使用栄養剤は薬剤
鎖骨の下の中心静脈にカテーテルを挿入し栄養剤を注入する。
メリット:
消化管が機能していなくても十分な栄養の注入が可能。
デメリット:
カテーテルからの感染を防御する必要性があるため厳重な医学的管理下か、十分な対策が必要。医療費は高額。消化管を使わない為の副作用の危惧がある。
2. 末梢静脈栄養(PPN) ~使用栄養剤は薬剤
いわゆる点滴。四肢の血管にカテーテルを針刺し、栄養剤を注入する。
メリット:
手技が簡単ですぐに投与が可能。水分、電解質のコントロール、投薬に適している。
デメリット:
一日に必要な十分量の栄養が投与できない。単独で使用した場合、消化管を使わない為の副作用の危惧がある。
経腸栄養法
1. 経鼻経管栄養法(NG) ~使用栄養剤は食品もしくは薬剤
鼻から細いチューブを胃まで通し、流動食や栄養剤を注入する。
メリット:
手技が簡単。
デメリット:
常にのどの奥にチューブがあるため食事がしづらい。
チューブ挿入時の苦痛と挿入位置の確認が必要。
投与時間が1回およそ2時間、一日6時間も拘束される。
見かけが悪い。
2. 経皮内視鏡的胃ろう(PEG) ~使用栄養剤は食品もしくは薬剤
胃カメラを使ってへその上辺りから差し込んだチューブを胃内に固定する。
メリット:
食事のためのリハビリをしながら足りない分の栄養補強ができる。
口腔ケアが容易。ミキサーにかけた食事を投与可能。
デメリット:
造設のための手術が必要。
3. PEGを通じた半固形栄養剤短時間注入法 ~使用栄養剤は半固形流動食
メリット:
投与時間が1回およそ15分、1日45分程度でリハビリ時間の確保可能。
液体栄養材で問題となる逆流性の誤嚥性肺炎、下痢、などの副作用を起こしにくい。
デメリット:
加圧しないと投与できない。

これら栄養を補給するという医療技術がありながら、全く投与せず、死を待つという選択肢がある。厚生労働省の終末期医療の決定プロセスに関するガイドラインなどを参考にしながら合法的にその選択は可能である。本人の意思がすでに表明されていて、その意思が明確である場合や、丁寧な家族と医師および医療従事者とのコミュニケーションを経て、なされた決定である必要がある。

しかし、日本においてこの決定を選択する例は少ない。その背景には、まず何もしないという選択肢を医師が提示しないことが多いこと。患者家族がその決定に対する畏怖があること。と一般的には言われる。

私はこう思う。日本は先の大戦で人の命をあまりにも軽く扱いすぎた。その猛省に立ち、ある総理大臣は「人の命は地球より重い」といった。その言葉があまりにも印象的で、人々の心の奥まで染み込んでしまったのではないだろうか?
「日本人は死生観に関して宗教的にも哲学的にも幼稚であるがゆえに、死に対してなにも決められない。」というのは間違っていると思う。一瞬で2万人の命を奪った大震災の後の被災地の人々の力強さを支えた世界観や哲学はどの国よりも進化していると思う。

まだ温かい父母の手を握り、「おいしいお茶が入りますよ」と話しかけながら注入したお茶が胃を満たす。「少し微笑んだかな」といって父母を見つめる。そういった選択が正々堂々とできる世の中であってほしい。

ニュートリー株式会社 代表取締役社長 川口晋 〈文〉

仲條順一 〈イラスト〉

2012年4月

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